ライジング社

最近、技術者のうつ病と心身症が激増している。日々の業務で強いストレスにさらされ、しかも適切なカウンセリングが得られない状況下にあるためだ。何はともあれ、彼らを救わなければならない。その心の重圧から解放し、本来の元気を取り戻さなければならない。技術力に「元気力」が掛け算されることで、はじめて仕事に対する創造力が生まれるからだ。 2200年前のアルキメデスを登場させよう。古代ギリシア・シラクサ市の王から立派な金の王冠を預かり、銀が混じったにせものかどうか鑑定するよう命じられる。削ったり、壊したりすることは許されなかった。彼は考えあぐねた末、ついに風呂でその方法を発見する。湯船からあふれ出る水の量の違いに気づいた。かの「アルキメデスの原理」が発見された瞬間であった。その興奮のあまり裸のまま街に飛び出し、「エウレカ」（見つけた！）と大声で叫んだという。都市国家間の戦争で、外敵の攻撃を受け凶刃に倒される寸前にこう叫ぶ。この問題を解くまで待ってくれ、と。技術者精神、エンジニア魂とは、こういうことではないのか。 ①素晴らしい――狂気に近い情熱で動かされる ②自分の技術力に揺るぎのない確認を持っている ③つねに孤独である ④組織や国家のために貢献する。しかしその情熱は―― ⑤真理発見という、ただその一点に集中している。現代の開発は「平行して走るリレー競技」である。順序づけられてはいるが、一斉に走り出す。隣の走者と相談することはできない。上司に相談したいと思うが、彼上もまた技術者であり、カウンセラーとしての技術は習得していない。しかも全員が同時にゴールのテープを切らなければならない。ストレスに圧迫されて当然である。私が開発したプログラムは、以下の３つから構成される。 ①技術者の心のセルフ・ヒーリングの研修プログラム。自分の心の危機を自分自身で発見し、適切に対処する力をつける。 ②テクノチューター・チュートレスの育成。チュートレスとは女性のチューターのこと。無味乾燥に近い技術研究所で優しい潤いを提供する。 ③アルキメデス・クラブの定期的な開催。終業前から始め、サンドイッチでもかじりながら、技術者が互いに自由に対話し合う。アインシュタインの言葉に、「この公式はビューティフルだ。こんな美しい公式は真実であるに違いない」とある。技術者の世界でこの「ビューティフル」という言葉がしばしば用いられる。その理由は、きわめて明白だ。彼らは、繊細で微妙な、そしてバランスのとれた図形発想の能力に突出して優れていることである。だが研究室の視覚的・聴覚的・収穫的な環境美学を考え直してみると、あまりにも無味乾燥だ。もし美的感覚にも優れた先のチュートレスがこの場を訪れ、積極的な美的提案が行われたら。そのときが技術者には待ち遠しい。（広野穣）（フジサンケイビジネスアイ　2008年2月25日掲載）（ベンチャーファクトリーニュース　2008年5・6月号掲載）経営者向けビジネス情報新聞「ベンチャーファクトリーニュース」の公式サイトを見る。

広野穣《ひろの・みのる》

ライジング社代表、技術創造アカデミー代表。食品・化粧品・家電・自動車・建設・生命保険・航空会社など各分野における新商品開発とマーケティング戦略のプロジェクトに関わる。独自の方法論と技術を創案したことで有名。現在は、これまでの豊富な成功体験を踏まえて、実践的なプロジェクト指導を行う。著書はおよそ70冊。